千葉県弁護士会
メニュー

会長声明

少年法改正について会長声明

与党三党は、今臨時国会に議員立法として少年法改正案を提出したが、本改正案には以下のような重大な問題があり、当会としては、本改正案に反対の意思を表明するものである。1.改正案の第1の問題は、逆送年齢を14歳に引き下げたことであり、これによれば義務教育の途上にある少年も場合により刑務所に収容されることになる。刑務所は拘禁施設であり学校教育の機会も施設もない。刑務所のあり方に対する手当を欠く改正案はその点だけでも重大な問題を含むものである。殺人を犯した14歳の少年が会得し得なかったものは、生命の尊厳であり、人との関わり方と自己をコントロールする力と術であろう。それらのものは、人との接触を断つ拘禁によっては学ぶことはできない。少年には、生命の尊厳と人との関わり方を学び、自分をコントロールする教育プログラムこそが必要であるがそのような手当ては刑務所では困難である。2.改正案の第2の問題は、16歳以上の少年が故意の犯罪行為により被害者を死亡させた場合には逆送しなければならない、としていることである。

1) しかし、これは現行法の理念を根本的に変更するものであり、事案に即した個別的検討を放棄するものである。いわゆる佐賀バスジャック事件において家庭裁判所は少年には解離性障害や行動障害が見られ、治療的教育的プログラムが望ましいとし医療少年院送致とした。少年事件の原因や背景を探っていくと少年の資質や生育環境に問題があることが多い。昨今、心理学者や精神医学者、教育・矯正担当の専門家、調査官などで少年の重大事件についてプロジェクトチームを作って事件の原因を調査分析する取組みが開始されている。このような取組みは、少年事件への有効な対策のためには、事件の背景や原因の究明などの個別的検討が必要不可欠であるという認識を示すものである。個別的検討の結果、教育や治療の観点から少年院の収容期間を長くすることが必要な場合もあろうが、そのような個別的検討もせず一律に刑務所で刑罰を科す改正案は何の効果も生まず弊害ばかりが大きいと言わざるを得ない。改正案は、生命に関わる事件を犯した少年に対しては、死という結果に見合った刑罰によって少年を処罰すれば足りるというものであり、現行少年法の保護主義の理念と真っ向から対立し犯罪を犯した少年達を一律に見捨てるものと言わざるを得ない。

2) また改正案は、現在の運用実態(司法統計年報の家裁処理数)の点からしても問題である。現行法の下では、逆送の割合は少年院等の保護処分より少ない。1993年ころまでは未遂、予備を含む殺人で家裁送致された少年の7~8割は逆送ではなく家裁限りで処理され、1994年以降も過半数は家裁の保護処分で処理されている。従って原則逆送とする改正案は、これらの運用実態にも反する結果となる。

3) さらに改正案は、刑罰による威嚇で犯罪が減少するという考え方を前提としている。しかし、実際は少年院入所者の累非行率は13.2%(司法統計年報1997年)であるのに対し、刑務所の再入所者でみると、1993年の刑務所出所者のうち1998年までの再入所者は満期出所者では60.8% 、仮釈放出所者では38.7%が何らかの犯罪を犯して再入所しており、少年院入所者の方が再犯率は格段に低いのである。アメリカでは、厳罰化が進行していた80年代半ばから90年代半ばにかけて少年の殺人は人口比で約2.5倍にまで増え、厳罰化施策では少年犯罪の減少をもたらさなかったことが報告されている。
要するに、改正案のよってたつ考え方は実証されていないのである。

4) 最後に改正案の考え方は犯罪被害者の真の願いにも合致しないことを指摘すべきである。ある重大事件で女児を失った両親は、「少年を見捨てることなく、少年に本件の責任を十分に自覚させてください。再び同様の犯罪を繰り返さないように、少年を十分指導監督してください。」と述べられた。
こうした被害者の声は、大切な子どもを殺害されたことによって受けた真に癒されることのない深い痛手の中からの血の出るような願いである。加害者の情報が伝えられ、加害者にも被害者やご遺族の苦しみが伝えられる仕組みが整っていくなら、罪を犯した少年に被害者の遺族の苦しみ悲しみを伝えて事件の責任を十分自覚させること、そしてその少年を見捨てないことが被害者の願いになっていくのではないだろうか。改正案は被害者へのこのような情報開示と少年への継続的働きかけを全く予定していない。ただ単に記録の閲覧謄写、意見陳述、審判決定の通知だけを予定し、あとは少年を刑罰による応報で厳しく処罰すれば足りるとする。しかし、被害者の苦しみは一生続くのである。被害者は、少年が被害者や遺族の心情を十分に理解し、心から責任を自覚することを求めているのである。 我々は、社会全体が少年と向き合い、少年自身の問題を共に探り教育していくことこそが必要であると考えるものである。

3.これまで少年事件については、センセーショナルで漠然とした不安感を煽るような報道が多かった。
しかし最近家庭裁判所の調査官や矯正関係者など、少年達の立ち直りを間近に見てきた現場の人々からの現実に根ざした慎重論や冷静な分析を伝える報道が見られるようになった。改正案の逆送年齢引き下げや生命に関わる事件の原則逆送という案は、法制審議会の審議もなされず識者の意見も聞かずに突然出された案である。拙速な改正は決してよい結果を生まない。少年問題に携わる幅広い人々や少年達の意見を聞き、慎重な検討と討議を尽くすべきである。

2000(平成12)年10月18日

千葉県弁護士会
会長 守川 幸男