千葉県弁護士会
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会長声明

弁護士報酬の敗訴者負担に反対する決議

2002年11月12日

千葉県弁護士会臨時総会

弁護士報酬を敗訴者の負担とする一般的な敗訴者負担制度を立法化することについては、以下の問題点が存在する。1 市民の司法へのアクセスを抑制する。司法制度改革審議会は「弁護士報酬を相手方から回収できないため訴訟を回避せざるを得なかった当事者に訴訟を利用しやすくする。」としているが、そのような事例は殆ど存在せず、一般的市民や中小企業のような経済的弱者にとっては敗訴の場合のリスクを恐れて提訴をためらうことになり、却って司法へのアクセスを抑制する。

2 司法による人権保障機能を弱体化させること。

司法は人権擁護の砦であり人権を侵害された人々は裁判所に最後の救いを求める。とりわけ、薬害訴訟・公害環境訴訟・労働訴訟・消費者訴訟・医療訴訟・住民訴訟・行政訴訟などは、立法及び行政における人権侵害について、司法の場が救済を行っている。これらの訴訟をも抑制し、司法の人権保障作用という憲法の規定する基本的機能を侵害する。

3 司法による法の創造機能を損なうこと。

上記の薬害訴訟・公害環境訴訟・労働訴訟・消費者訴訟・医療訴訟・住民訴訟・行政訴訟などは、法の創造機能を担う重要な作用を有しているが、これらの法創造機能を司法の場から奪ってしまう。
以上により、当会は、一般的な敗訴者負担制度を立法化することについて、強く反対する。

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提案理由

2002年11月12日

千葉県弁護士会会長  藤野 善夫

第1 決議案の理由 1 一般的な敗訴者負担制度の問題性(1)わが国においては、一般の訴訟において、多くの事件では事実関係や法律解釈に争いがあり、また証拠の優劣も自明ではないため、裁判の見通しが必ずしも明らかではない。したがって、当事者は、提訴に当って敗訴した場合の相手方弁護士報酬の負担を考慮せざるを得ず、提訴について萎縮効果を生むおそれが強い。
また、弁護士報酬の負担の持つ意味は、当事者の経済力によって異なるため、萎縮効果は経済的弱者に対してより強く作用し、司法の場に経済的格差がより反映される事態が生じてしまう。そして、このことは応訴する場合にも当てはまるのであり、紛争の解決を司法の場から遠ざけてしまうおそれが強い。
さらに、実務的な観点からみると、制度導入後は依頼者の被るかも知れない二重負担の不利益を考慮するあまり、弁護士自身が訴訟による解決を勧めることをためらい、あるいは裁判実務の現状の下では訴訟上の和解を強制する手段として裁判官の手中に収められてしまう懸念も強い。

(2)とりわけ、消費者訴訟、労働訴訟、医療過誤訴訟、公害・環境訴訟、薬害訴訟、行政訴訟、国家賠償訴訟などいわゆる「政策形成訴訟」と呼ばれる訴訟の類型では、その要求が正当なものであっても、法制上の理由や証拠の偏在などの理由で勝訴が困難なことも少なくない。このような中で、敗訴を重ねながらも判例を積み重ねつつ、あるいは市民運動等と連携しながら社会的に問題を提起し、判例の変更、行政府の政策変更さらには被害者救済立法の制定等の制度の改革に大きな成果を上げてきた実績がある。すなわちこれらの訴訟類型では、憲法の予定している司法の「人権保障機能」を担う重要な役割が存在しており、さらには、司法の「法創造機能」が予定されている。
しかしながら、敗訴者負担制度が導入されれば、その萎縮効果はより強く働くことが十分に予想され、訴訟を通した人権の保障や社会改善の途を閉ざす危惧が強い。

2 片面的な敗訴者負担制度の導入について

薬害訴訟・公害環境訴訟・労働訴訟・消費者訴訟・医療訴訟・住民訴訟・行政訴訟などの、「人権保障機能」・「法創造機能」を営む訴訟については、積極的に片面的な敗訴者負担制度の導入を図るべきであるという意見も存在する。これらの訴訟についての片面的な敗訴者負担制度は、萎縮効果をもたらさず、むしろ逆に「司法アクセスの拡充」として、裁判の利用を促進する効果が期待される。しかし、現在の状況では、これらの訴訟についての境界線が明確ではないとの指摘や、却って、一般的敗訴者負担制度の導入に途を開く可能性があるとの指摘などもあり、今回の決議案は、一般的な敗訴者負担制度の導入に反対するという限度に留めた。

3 両面的な敗訴者負担制度の導入について

(1)敗訴した当事者が原告であり、その訴訟の提起が、自らの主張した権利若しくは法律関係が事実的若しくは法律的根拠を欠くことを知りながら又は重大な過失によってこれを知らずに訴訟を提起した場合には、両面的敗訴者負担を認めるとの見解も存在する。
これは濫訴防止を念頭においたものと思われるが、どのようなケースがこれに該当するのかその限界は微妙であり、訴訟費用化して裁判所が職権的に判断するとなると、濫訴か否かについて裁判所の裁量を広く認めることにもつながり、訴え提起に対して萎縮効果を与えることになる。
不当訴訟についてはこれまでも、損害賠償反訴などで適宜に対応してきているのであり、抽象的な要件で認めることには問題がある。不当訴訟かどうかは、あくまでも弁論主義により攻撃防御をつくしたうえで判断されるべきである。

(2)乱用的応訴の場合について、両面的敗訴者負担の制度を導入すべきであるとの見解も存在する。しかしながら、応訴時において敗訴の可能性が極めて大きいが、依頼人を説得するために応訴せざるを得ない場合はあり得るし、敗訴的和解によるソフトランディングを求めて、敗訴はわかっていながらも、敢えて応訴することも実際にはあり得ることである。素案によればこのような応訴は事実上困難となるなど、萎縮効果が生ずることは明らかである。

(3)当事者がともに商人たる法人である場合に両面的な敗訴者負担制度を導入しても萎縮効果は少なく、負担の公平にも合致するとする見解も存在する。
しかし、商人たる法人間だからといって常に対等平等であるとは限らず、強者対弱者という関係はあり得るのであって、萎縮効果が少ないとはいえない。

以上