千葉県弁護士会
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会長声明

「裁判迅速化法案」に対する意見書

第1 意見書の趣旨

1 今国会に政府が提出した「裁判の迅速化に関する法律案」は、これを制定する立法事実や原因の分析もなく、突如提案されたものである。また、裁判の迅速を偏重して裁判の適正・充実を損ない、国民の裁判を受ける権利を後退させるおそれのあるものであって、弊害が大きく、当弁護士会は、同法案には、反対である。
2 裁判の適正で充実した審理が迅速に行われるためには、財政を含めて司法の人的・物的基盤の拡充や証拠収集方法の拡充、審理に2年以上を要している事件ごとの原因の分析とこれに対応した制度の改革や運用の改善が必要である。
3 本来あるべき裁判充実・迅速化法案は、本意見書で指摘する充実・適正の諸方策として、①財政を含めた司法の人的・物的基盤の拡充、とりわけ、裁判官、検察官の2倍化と職員の増員、②民事・刑事を問わず証拠収集権限の拡大や証拠開示の徹底、③刑事事件における取調べ過程の可視化をはじめとする刑事手続の諸改革、④検証機関を最高裁だけの構成にせず、その検証対象も以上の諸点を中心に充実化に力点をおいたものとすることなどが必要不可欠であり、また、⑤当事者や代理人・弁護人と日弁連の責務条項は規定すべきではない。

第2 意見書の理由

1 裁判の迅速化に関する当会の基本的立場
裁判が迅速に行われるべきことは当事者の権利であり、国民の要求である。そして近年、関係者の努力もあって、裁判の審理期間は短縮の傾向にある。もし、関係者の怠慢によってこれが遅延することがあれば、それはきびしく批判され、正されなければならない。また、その原因が別にあれば、これを分析して、その改善・改革に関係者が協力する必要がある。
他方、迅速は拙速であってはならず、適正な手続のもとで充実した審理が行われ、迅速かつ適正な判断がなされることこそ重要であって、これも当事者の権利であり国民の要求である。
当会はかかる基本的立場に立って本法案を検討した。

2 立法事実と原因の分析の欠如
この法案は、小泉首相の司法制度改革推進本部顧問会議における表明を機に浮上し、昨年12月には法曹三者に対するヒアリングが行われた。そして推進本部から求められたパブリックコメットの期限が昨年12月27日と定められ、日弁連やマスコミをはじめ、各界からの、迅速だけでなく充実を求める意見に配慮しないまま、本年3月14日には閣議決定を経て今通常国会に法律案が提出された。 しかし、現在民事・刑事を問わず、ほとんどの事件の一審における審理期間は2年以内であり、これを超える事件は民事事件で7.2%、刑事事件では0.4%しかない。そして大部分の事件は1年に満たない期間で終了しており、全体として短縮の方向に向かっている。そして、これを超える事件にはそれぞれ相応の原因がある。
ところが、この間、十分な立法事実や原因の分析は行われていない。また、現に10年、20年を要した事件もあるもとで2年以内の目標を法定することは、司法制度改革審議会の意見書でも、「民事訴訟事件全体(人証調べ事件に限る)の審理期間」の「おおむね半減」が目標とされていることとの整合性はない。このように、法律案提出の経過はいかにも拙速である。 この問題は推進本部の中の議論だけではなく、広く法律家、学者、国民などによる立法事実と原因の分析をもとにした充実、適正と迅速の方策が検討されるべきである。

3 長期化している事件の原因の分析とこれに応じた対策こそ重要
審理が2年を超える事件は、民事事件においては差別事件などを中心とする労働事件、公害・薬害事件、医療過誤事件、建築紛争事件など、争点が専門的になる事件や大量の被害者が当事者となっている事件などである。また刑事事件でその原因は、取り調べ過程が可視化されていないことによって不利益供述の任意性などが争われたり、証拠開示が不十分なこと、鑑定に時間を要することなどによる。
しかし、当事者が大量であったり争点が多岐にわたる事件、専門的な知見を要する事件にそもそも一定の期間がかかることは当然であり、一律に2年以内の審理期間を設定することは、必要な審理を省略することになって当事者に不利益が及ぶおそれがある。また、長期化の原因としては、法曹人口の不足、とりわけ、裁判官、書記官、速記官、検察官などの不足や物的設備の不足、証拠の偏在や圧倒的な力関係の差、そしてこれを是正するための証拠開示制度や立証責任の転換等の未整備、鑑定の長期化、裁判官の交代などがあり、今まさにこれらの原因を克服して司法制度の改革や運用改善をすることが求められているのである。
千葉地方裁判所では、弁護士会や医師会とも協議を重ね、医療過誤訴訟において鑑定人の確保の方策や複数鑑定などの工夫をしているが、長期化の原因に対応したこれらの工夫こそ求められているのである。

4 裁判の拙速化など弊害のおそれ
現在、新民事訴訟法のもとで、全体として審理期間が短縮し、証人調べなどが減少して陳述書でこれを補っている実情にある。刑事事件でも1回結審が常態化し審理期間も短縮化の傾向にある。これらは効率的な訴訟進行のための工夫の影響があるとしても、十分な立証が行われずに当事者の納得が得られない傾向も強い。現に原判決の取消率は一部取消率も含めて25ないし30%を維持しており、このことは原判決に問題のある事案も少なからず存在することを示している。
2年以内という数値目標は努力目標とされているが、法律案では最高裁判所がこれを検証することになっており、現に裁判所では、係属2年を超える刑事事件の調査などが行われているから、この数値目標が一人歩きして裁判官の訴訟指揮に影響を与え、適正な裁判の審理を損ねるおそれが強い。

5 担い手の責務および検証についての問題点
国は適正で充実した審理が迅速に行われるよう、財政を含めて人的・物的基盤を整備する責務があるのであって、単に迅速化のための責務のみを規定するのは誤りである。 そして、当事者や代理人、弁護人と日本弁護士連合会に努力する責務を課すのは、次のとおり、裁判の公正や適正手続の保障を阻害し、当事者の攻撃防御の権利を損なうおそれがある。 すなわち無罪の推定を受ける刑事被告人は、公平で迅速な裁判を受ける権利があるのであって、これに義務を負わせることは矛盾である。また、弁護人にこのような責務を負わせれば、弁護人が被告人に対して迅速化に協力することを求めることになって、被告人に対する責任を十分に全うすることができない。さらに、日弁連がこのような責務を有することになれば、個々の弁護活動、代理人活動を統制する立場に立たされるおそれがある。
最後に、迅速化に関する検証を最高裁が行うのは、裁判官に対する適正・充実抜きの迅速化に向けての圧力となって、裁判の拙速化につながるおそれがある。裁判の適正・充実を含めてこのようなことを検証する必要があるとすれば、別に裁判官、検察官、弁護士および学識経験者、市民などによる検証機関を設けるべきである。

2003年3月20日

千葉県弁護士会
会 長  藤野善夫